
なぜ今の中高生はSNSで発信しないのか
私たちが中高生だった頃は、インスタやTikTokがちょうど盛り上がり始めた時期だった。そこから約10年が経ち、SNSが完全に浸透しきった世代が今の若者たちだよね。そんな中、NHKが行った「中学・高校生の生活と意識調査」が非常に興味深いんだ。
「SNSで自分の体験や考えを投稿する頻度は?」という質問に対し、中学生の約68%が「ほとんど全く投稿していない」と回答している。これが高校生になると約44%まで減る。つまり、中学生から高校生に上がるにつれて、SNSでの発信頻度が増えていく傾向があるんだ。
中学生のうちは、あえて発信を控えている子が多いってことだよね。でも、僕たちの世代からすると、ネットを使う上での「先人たちの教え」みたいなものが強く残っている気がするんだ。
そうそう。「半年ロムれ(ROMれ)」とか「人に聞く前にまずは自分で調べろ」といった、安易に発言しないことが鉄則という暗黙の了解があったよね。今のSNS環境を見ていると、当時の感覚からすると少し危なっかしく見えることもある。
確かに。僕たちが中高生だった頃のネットの常識と、今の若者の感覚は明らかに変わってきている。SNSとの距離感や、発信に対する考え方の変化。それこそが、今回私たちがこのテーマを取り上げたきっかけだよね。
昔は「ネットは怖い場所」という前提が共有されていたけれど、今はインフラとして生活に溶け込みすぎているからこそ、その境界線が曖昧になっているのかもしれないね。
確かに、昔は「ネットの友達」と「リアルの友達」を明確に分けていたけれど、今はその境目がない。だからこそ、無自覚な発信が思わぬ炎上を招くリスクと隣り合わせになっているという側面はあるよね。
そうなんだよ。だからこそ、今の中高生がどうSNSと向き合い、どう距離を取っているのかを改めて紐解く必要がある。「発信しない」という選択も、ある種の防衛本能なのかもしれないしね。
時代が変わればネットの作法も変わる。僕たちの「先人たちの教え」を押し付けるのではなく、今の空気感を読み解きながら、SNSで疲弊しないための最適な距離感を一緒に考えていこう。
ネットの暗黙の了解は世代間でどう変化したのか
私たちが中高生だった頃のネットの暗黙の了解と、今のそれとは確実に変化していると感じるんだよね。今のSNS環境を見ていると、少し老婆心ながら大丈夫かなと心配になってしまうこともある。
僕がSNSを始めたのは中高生の頃だったから、まさにその変化の過渡期にいたと思う。田中君は大学院生になってから本格的に始めたんだよね。
そうなんだ。アカウント自体はあったけれど、基本的には情報収集ツールとして使っていた。最近になって趣味の写真を投稿し始めたけれど、自分の考えや体験を発信することには未だにソワソワしてしまうのが正直なところだね。
SNSは本来、自分の思ったことを自由に発信するための場所だよね。理想を言えば、痛いとか痛くないとか気にせず、素直な気持ちをそのまま出せばいいはずなんだ。
その通りだよね。思ったことを好きに言えるというのは、原初のインターネットが持つ最大の魅力だったはずだ。
ただ、それが過剰になると「ネットで痛い人」と揶揄されたり、社会問題に発展したりすることもある。僕の感覚では、炎上の一歩手前が「痛い」状態なんだと思う。かつては「半年ロムれ」なんていう暗黙の了解もあったけれど、今はそうした境界線が曖昧になっているのかもしれないね。
なるほど。かつてはコミュニティの空気を読むために、まずは沈黙して観察する期間が必要だったけれど、今は最初から発信することが当たり前になっている。その「空気を読む」というプロセスが省略されていることが、今のSNSの難しさなのかもしれないね。
まさにそう。昔は「ネットの作法」を体で覚える時間があったけれど、今はスマホを持った瞬間から世界と繋がってしまう。だからこそ、炎上リスクを避けるための境界線を、自分自身でどう引くかが重要になってくるんだ。
SNSの人間関係で疲弊しないためには、そうした「最適な距離感」をどう保つかが鍵になるよね。深夜の投稿や鍵垢の運用がなぜ危険視されるのか、その背景にあるネットの空気を読み解く視点を、改めて整理していく必要があるね。
炎上を避けるための痛くないSNS運用術
SNSで「痛い人」と言われる状態は、炎上の一歩手前だと考えているんだ。内輪で盛り上がっていたはずが、知らない世界に拡散されて都合よく解釈される。そのメカニズムを理解して、あえて「痛い」投稿を控えることが、炎上を防ぐ一番の近道だよね。
なるほど。炎上予備軍にならないための節度が重要ってことだね。具体的に、どういう投稿が「痛い」と判断されるんだろう?
単純に、友達付き合いで困るような投稿だね。例えば、極端な意見を主張しすぎたり、投稿頻度が異常に多かったりすると、「ネット弁慶」や「一癖ある人」という印象を持たれてしまう。対面では普通なのに、ネットだと極端な二面性を見せられると、周囲は距離の取り方に困ってしまうんだ。
確かに、そこまで親しくない人がSNSで激しい愚痴を連投していると、どう接していいか不安になるよね。SNSはあくまで友達付き合いの延長線上にあるものだし、本心を何でも垂れ流せばいいわけじゃないんだ。
そういうこと。名前しか知らないような相手に、いきなり自分のコンプレックスをぶつけるようなものだからね。SNSで痛い人にならないためには、「投稿する内容」と「回数」の2点を意識するだけで、人間関係のトラブルはかなり減らせるはずだよ。
ネットには投稿の教科書がないから、見よう見真似で空気を読むしかない。だからこそ、こうした「痛くない運用術」を学ぶのは、これからのSNS時代を生き抜くための必須スキルかもしれないね。
裏垢を複数作ると人生が面倒になる理由
SNSの「裏垢」って、親しい人だけに本音を吐き出す場所として使っている人が多いよね。でも結論から言うと、裏垢は作らない方がいい。管理が面倒になるだけだから。
確かに、表の顔と裏の顔を使い分けるだけでも大変なのに、ネット上でアカウントを複数管理するのは骨が折れる作業だよね。
そうなんだよ。アカウントを2つ作れば、単純にSNSを見る時間は2倍になる。表と裏で使い分けるというタスクが発生するし、時間も精神的な余裕も吸い取られてしまうんだ。
そもそも、裏垢に書くような愚痴や本音は、対面で友達に直接言えば済む話だよね。
その通り。それに、裏垢には「終わりがない」という問題もある。表垢、限定垢、裏垢……と、マトリョシカのように際限なくアカウントが増えていくケースも多い。バイト用、クラス用、昔の友達用と細分化していくと、自分でも管理しきれなくなるんだ。
どんどん人間関係が濃縮されて、最後には収集がつかなくなるわけだね。まさに現代の聖徳太子状態というか。
そういうこと。アカウントの数だけ繋がり方が変わって、管理コストも跳ね上がる。だからこそ、きっぱりと「裏垢はない」と決めて運用する方が、人生の時間は圧倒的に有効に使えると思うよ。
確かに、裏垢を増やして人間関係を細分化するよりも、一つの場所で誠実に向き合う方が、結果的にストレスも少なそうだよね。勉強になったよ。
そうだね。SNSはあくまでツールだから、自分自身が振り回されて疲弊してしまったら本末転倒だよ。アカウントを増やして管理に追われるより、今の人間関係を大切にする方が、ずっと健全なSNSライフを送れるはずだよ。
なるほど。SNSの付き合い方を見直す良いきっかけになったね。さて、ここまで「内に向けた」SNSの使い方について話してきたけど、次は「外に発信するとき」のSNSの使い方について深掘りしていこうか。
不特定多数に発信する際の3つの注意点
不特定多数に向けて発信する際は、本当に注意が必要だよね。まず一つ目は、発信するジャンルや界隈を見定めること。どうしてもネットの仕組み上、意見が偏ったり、いわゆる「痛い人」が集まりやすい場所は存在する。そうした場所でわざわざ波風を立てる必要はないし、自分が疲弊しないためにも、関わる場所を冷静に選ぶことが大切だよ。
確かにそうだよね。インターネットの力学上、どうしても好意的な意見が集まりやすかったり、逆に尖った考えの人ばかりが集まったりする。だからこそ、自分を常に点検しておくことが重要だよね。ネットでわざわざ気持ちをすり減らすのは意味がないから、自分に合う場所を見極めるのが賢いSNSとの付き合い方だね。
その通り。二つ目は、発信する内容の線引きだね。私の中には明確なルールがあって、「家の玄関に張り出しても恥ずかしくない内容か」を基準にしている。ネットに書き込むということは、それくらい公になることだと自覚すべきだよ。もし誰かを傷つける可能性があるなら、発信は控えるべきだね。
玄関に張り出すっていうのは、すごく分かりやすい基準だね。結局、発言には責任が伴うということだよね。「そういうつもりじゃなかった」と言い訳しても、出したのは自分自身だから。その覚悟がないのであれば、軽はずみな発言はしない方が、後悔しなくて済むよね。
まさにその通り。最後、三つ目の注意点として伝えたいのは、「タイミングを俯瞰する視点」を持つことだね。特に深夜の投稿や、感情が高ぶった状態での発信は、冷静な判断力を欠いてしまいがちだから非常に危険だよ。
深夜のテンションで書いた文章を翌朝見て、青ざめる経験は誰にでもあるよね。ネットは24時間動いているけれど、自分の感情と発信のタイミングを切り離すことは、炎上リスクを避けるための防衛策として非常に有効だよね。
そうなんだよね。ネットの空気感というのは常に変化しているし、自分が何気なく投稿した内容が、別の文脈で切り取られて拡散されることもある。だからこそ、「これは本当に今、発信するべきことか?」と一呼吸置く習慣が、自分を守る盾になるんだよ。
結局、SNSは便利なツールだけど、使い方を間違えると自分を追い詰める凶器にもなる。「発信しない」という選択肢を持つことも含めて、賢く距離感を取っていくのが、これからの時代を生き抜くSNSリテラシーだよね。
その通り。不特定多数と繋がれる場所だからこそ、自分自身の心を守るための境界線をしっかり引いて、無理のない範囲で楽しんでいくのが一番だね。



